
さてさて、今日は、私が人生の中で最も尊敬する人物『吉田松陰』先生についてご紹介したいと思います^^
とはいえ、学校では習ったけど具体的に何をした人なのかは忘れてしまったという方もいらっしゃるかと存じます。(実は私も、つい最近までそうでした^^;)
なので、まずは吉田松陰とは実際どんな人物だったのか?についてお話ししたいと思います。
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◎
吉田松陰(以下、松陰)とは、一言で言うと…
『長州藩、そして日本を討幕運動へと動かした幕末の思想家・教育者』
です。
その詳細は、天保元年8月4日(1830年9月20日)に生まれ、 安政6年10月27日(1859年11月21日)に安政の大獄によって三十歳という若さで刑死した、日本の江戸時代後期・幕末期の思想家、教育者、兵学者であり、つまり明治維新の事実上の精神的理論者でありました。
そして、「松下
その門下生の中でも、特に木戸孝允と伊藤博文は多大なる活躍をしました。
木戸孝允は維新の三傑の一人として、薩摩藩士西郷隆盛・大久保利通らとともに活躍し、伊藤博文はご存知、初代総理大臣となったのです。
また、松陰は松下村塾にて、門下生に対し
実際、その教え方には…
『強烈な感化力』
があり…
『師弟の関係が尋常でなく濃密であった』
そうです。
また、獄中の交わりも盛んだった松陰は、捕らわれの身となっても教師としての魂を発揮し、頻繁に講義を行っていました。
その様子は、なんと獄中ですらも学校の観を呈した程だと言われています。
まさに吉田松陰は…
『維新を先駆した炎の思想家であり、宿命的な教師であったのです。』
そんな松陰が、命を懸けて門下生に叩き込んだもの、それは…
・徹底した実学
・学問とは何か?
・賢者としての人格
・生きるということの意味
です。
これこそ、吉田松陰が…
『歴史上において彼より優れた教師は存在しない』
と言われている所以なのです。
また、余談ですが…
実は、前回の記事『白虎隊に学ぶ生き方…』でご紹介した『白虎隊』の属する会津藩は、吉田松陰の属する長州藩と、佐幕派/討幕派として対立関係にありました。
そういった、幕末という同じ時代に相反する存在であったにもかかわらず、
どちらの藩も、それぞれ日新館、松下村塾という武士学校で【人としてのあり方】について教えていたという点でかなり共通していて、そこがなかなか面白かったりします。また、その理念自体も良く似ていて、相反するながらも、それぞれが日本で最も高い忠義と誠の精神を備えた藩であるとして、他のすべての藩から一目置かれていたのでした。
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◎
留魂録とは、一言で言うと…
『刑死を目前にした松陰が、獄中から門下生にあてた遺書』
です。
松陰は、この留魂録に…
・自らの死への覚悟
・門下生への今後の手引き
・門下生へ受け継がせるべき遺志
・自分に関わった全ての人間に対する死後の配慮
これらの全てを託しました。
故に、執念を持ってこの遺書を守り抜き、あらゆる協力を経て門下生の下へ届けたのです。
つまり、これは只の遺書という枠を越え、門下に授けた最終講義ともいうべき
その中身は、高みから教えるのではなく、友情を持って諄々と訴える「炎の教師」松陰の体温が、独特の格調をもって隅々に行きとどいている。といったような内容でした。
本書では…
〜『留魂録』は、ひそかに門下生のあいだで回覧され、師の遺志を継ごうとする彼らのバイブルともなった。〜
と記述されています。
つまり、この留魂録そのものが、維新を先駆させた志士の心を湧き立てた原動力となっていたのです。
また、筆者は本書の中で…
〜『留魂録』の中でもひとしお感動的なのは、死に直面した人間が悟り得た死生観を語るくだりである。死とどう対決するかは人類永遠の課題だが、このことを諄々と教え諭す出色の遺書となったのは、これが愛弟子たちに対する最後の訓戒としての性格をおびたためでもあろうか。<中略>古来、おびただしい人々が遺書を書いてきた。史上にあらわれる人物のいくつかの遺書にわれわれは接しているのだが、『留魂録』はおそらく日本人が書いた遺書として最高のものではないかと私は思っている。それは明治維新で流された血の中から生まれた貴重な遺産のひとつであり、人間の生と死について教える香り高いダイイング・メッセージということができる<中略>『留魂録』は、激動する二十一世紀の春夏秋冬を生きつつある若い世代に、今こそ味わってもらいたい大文章である。〜
というふうに語っています。
これは、この留魂録の中に込められた…
『松陰の死に対する覚悟、自分の死後に関する行き届いた配慮』
が、通常の人間を遥かに越えた見事なものだったからに他なりません。
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◎吉田松陰の死生観…
【生きる哲学】
生きることに対して、松陰は…
『誠を尽くしてそれに感じない者はいない。』
という哲学を持っていました。
「
また…
『ただ、私の誠が通じるかどうかは天命にゆだねる。』
と考え、とにかくプロセスとして『誠を尽くす』ことの重要性を説いていました。
至誠とは、死ぬまで松陰が貫いた態度だったのです。
【死ぬ哲学】
死ぬということについて、松陰は…
『死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよし。』
と考えていました。
これは…
『
ということです。
死しても魂は残る、だからこそ人間は生死を度外視して誠を尽くし、為すべきことを為す心構えが大切なのです。
また、本書は大きく分けて…
・留魂録(遺書)にまつわるエピソード
・留魂録(遺書)の原文とその現代語訳
・吉田松陰の史伝
によって構成されています。
私的には、まず最初に史伝から読み、吉田松陰という人物についての理解を深めてから、遺書部分を読み進めることを推奨します^^
留魂録。この格調高い遺書文学の傑作を味読・精読することで…
『人としてどう生きるべきか、またどうあるべきか。』
といったことについて、きっと何か感じて頂けると考えています。
松陰が見出した…
『死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよし。生きて大業の見込みあらば、生きればよし。』
という死生観。
だからこそ…
『もし誠が通じなかったとしても、それは自分の徳が薄かったためであり、天命である。故に、誰も怨んだりはしない。』
という心構えで…
『ひたすら誠を尽くし、それに全てを託す』
ということが重要なのです。
松陰先生の苦悩、門下生に対する愛情、そして死の狭間で見出した生きることについての哲学…これらのものが詰まった、まさに吉田松陰の魂の記録とも言える『留魂録』。
これは、涙無しでは読めない、人生において一度は読んで頂きたい一冊です。
という訳で、次回は吉田松陰の名語録から、氏が最も重要と考えた…
・徹底した実学
・学問とは何か?
・賢者としての人格
・生きるということの意味
についての本質を探って行きたいと思います♪
それではまた(-ω-)/
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留魂録、私も読みます。
コメントありがとうございます^^
パピヨン土方さんのおっしゃるように…
【教え子たちが、歴史上にきら星のように名を残す】
まさにこれこそが、学問を究めた吉田松陰の凄まじさ
を物語っているのかもしれませんね☆
『指導者以上の人材は育たない。』
これは吉田松陰自身も言っている言葉ですが、そう考えると尚更驚愕です^^;
また、修養の道として…
『沢山の書物を読破するのではなければ、どうして長い年月にわたって名を残す、不朽の人となることができるだろうか。できはしない。』
というように、実学を重んじる一方、吉田松陰自身が恐ろしい程の書物を読んでいたということにも凄く感銘を受けました(^^ゞ
これからもたくさんの良書で学んで行きたいですね(^^)
また、『吉田松陰名語録 人間を磨く百三十の名言』という書物も所有しているのですが、こちらも、これ一冊で吉田松陰の最重要哲学が学べるほど…
・高い網羅性
・高い濃密度
を備えた良書でした☆
恐縮ながら是非、こちらもオススメさせていただきます(-^-^)
では、今回もご足労頂き誠にありがとうございましたm(__)m